たとえ女たちが忘れても、このわたしは、あなたを忘れない。
(イザヤ書 49章 15節)
イザヤ書には、「わたしはあなたを愛している」(イザヤ書43章4節)など、直接的な表現で、人間に対する神様の愛のことばが記されている。「女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。自分の胎の子をあわれまないだろうか」(イザヤ書 49章 15)と、ここでは、人間の母親が子を愛する愛に例えてご自身の愛が語られる。そして「たとえ女たちが忘れても、このわたしは、あなたを忘れない」(イザヤ書 49章 15)と、神の愛は人間の どんな愛よりももっと大きく完全な愛であることが語られる。
「わたしは手のひらにあなたを刻んだ」(イザヤ書 49章 16節)ということばは、神はかたときも私たち一人一人を忘れることがないことを表現している。人類を愛し、人類を罪から贖うために自ら十字架にかかり、神の呪いをさばきを身代わりに受けてくださったキリスト。キリストが今、その傷のある手の平を見ながら私たちを覚え、その手を合わせて私たちのために祈ってくださっていることは、何と感謝なことであろうか。