どうか神が私たちをあわれみ祝福し御顔を私たちの上に照り輝かせてくださいますように。
(詩篇 67篇 1節)
(詩篇27:7-10より)
ダビデは、「聞いてください主よ。私が呼ぶこの声を」と主に呼びかける。神は私たち人間の叫びの声を聞いてくださるお方であることを確信しての祈りである。「不思議な助言者」である神は、まことのカウンセラーである。そして「主よあなたの御顔を私は慕い求めます」と、神が私たちを愛と慈しみをもって御顔をあらわしてくださることを求める。「御顔を私たちの上に照り輝かせて」ということばは、いくつかの英語の訳では「スマイル」と訳されている。罪人である人間が神の憐れみとキリストの贖いによってきよい者とされ、神と顔と顔を合わせる時が来るという希望が私たちにはある。「見放さないでください。見捨てないでください。私の救いの神よ」という言葉は、神がいつも私たちと共におられる「インマヌエル」なるお方であるという神の御名に基づいての祈りである。
ダビデは神のまことを確信しているからこそ、神に祈り求めている。この年、主のみ顔を仰ぎ見つつ歩む一年としたい。