わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます 。(ヨハネ 6:51)
宮で話すイエスを前に、「出自について明らかなのは、キリストではないかということか」と話す者がいた。それに対しイエスは、「あなたがたはわたしを知っており、また、わたしがどこから来たかも知っています」(ヨハネ7:28)と皮肉を込めて語る。
イエスがガリラヤ地方のナザレという村で大工の息子として人として生まれたのは紛れもない事実だが、同時に父なる神に遣わされた神の子であることがわかっていないことを非難することばである。
イエスがすべての権威の上に立つ神から来られたお方なので、私たちはこの方に祈り、賛美する。「聖書はすべて神の霊感によるもの」(Ⅱテモテ3:16)なので、神のことばとしてこれを私たちは受け止める。
イエスは「わたしは天から下って来たパンである」(ヨハネ6:41)と言われたとおり、私たちのたましいを永遠に生かすことのできる無限のいのちなるお方である。
詩篇では、「私の助けは、天地を造られた主から来る」(詩篇121:2)。歌われているように、私たちは、常に天から来るものに心の目を向けながら歩むことができる。
今、この世からのものとは違う、天から来る喜び、平安、憩い、慰め、救い、永遠のいのちが与えられている恵みを感謝しつつ、歩んでいこう。